生物技術者連絡会通信 2023年12月号

生物技術者連絡会通信 2023年12月号

 

<生物技術者が見た風景〜小笠原でネズミを捕る>

 小笠原諸島には、かつてコウモリを除いて陸生哺乳類が生息していませんでした。人間が上陸して住みだしてから犬や猫、家畜のヤギ等が入り、そして人間が意図していなかったネズミまでが入りました。人間が知らぬうちにネズミたちは多くの島へ、大きな島の奥地にまで浸透していったのです。島が世界遺産になったことで、島の固有種の生息に影響を及ぼすネズミが注目されることになりました。何とかして駆除しようと2012年からヘリコプターによる殺鼠剤散布が始まりましたが、お金がかかるため一部の小さな島での実施にとどまり、それらの島でさえ今になっても完全駆除には至っていません。

 小笠原が世界遺産になる前の2006年のこと、他に実施して効果が見込める駆除方法がないか薬剤散布を含めて色々と検討されていた時期に、私が勤めていた会社でも一つの方法を考案しました。それは「連続捕獲装置の集中配置」です。一般に市販されているネズミの捕獲器は1個で1頭しか捕ることができません。島にいるネズミが500頭だとすると500個の捕獲器がいります。もし設置したら集まるネズミを吸い込むようにどんどん捕っていくような捕獲器があれば設置数を少なくでき、メンテナンスのコストも低減できるはず。そして捕獲器自体のコストも安くできれば言うことなし! 完全に駆除できたと判断できるまでずっと設置していればいいですしね。ということで会社で製作した2種類の連続捕獲装置を7台、小笠原の母島に持ち込んで半月に渡って実験を行いました。どんな装置かというと表1にまとめた、こんなやつです。

 

 さて、その結果です。試験により捕獲された個体は全てクマネズミで、捕獲器を設置した期間(2006年3月9日~19日)の10日(晩)で合計18頭が捕獲できました。形式別に結果を見てみると、電気式の捕獲実績は1 日1 台あたり1.20 頭でしたが、機械式の実績は0.21 頭にとどまりました。この実験での機械式の捕獲効率は電気式の1/6 に相当しています。各形式の捕獲状況は表の通りです。表中数字の単位は頭です。

 

 何日間も設置しておいても連続してネズミが捕まっていくのがこの捕獲器の売りですが、電気式は期待通りの働きで一晩で3頭捕まえることもありました。しかし、機械式の方は10日の間に複数頭捕まる箇所はあったものの、一晩で複数頭捕まる箇所はありませんでした。機械式はゼンマイ駆動で製造コストが安かったのですが、落下扉の動きが緩慢だったうえに落下した個体がしばらく生きて鳴くため続く個体から警戒されやすかったものと思われます。機械式では捕獲器に接近してきたネズミの21%しか捕獲できませんでしが、電気式は60%捕獲するという結果になりました。実はこの電気式、会社では都会のビルに出没するクマネズミを駆除するために数年前に開発して商品名ラットクリンとして現場に投入しており、改良化も進んでいたので当然の結果だったんですけどね。機械式はまだまだ改良の余地ありです。

 最後に、この結果からもし電気式を使ったらどんな駆除計画が立案できるかを考えてみました。次のような感じです。

※駆除期間:2月~3月(非繁殖期)の2ヶ月間(約60日)

※担当人員:メンテナンスの常駐技術者2名及び現地協力スタッフ2名

※電気式連続捕獲器使用台数:40~50台

※駆除計画の概要:母島島内に生息するネズミ個体数を500頭(非繁殖期)と仮定して設定。特別保護地域には1ha 当たり1台の間隔でグリッド状に捕獲器を設置、その他地域では無毒餌調査により生息地点を定めた上で捕獲器を設置する。期間内に5日~7日の間隔で捕獲器に接近するネズミの有無を確認しながら状況に応じて捕獲器の移動や調整を行う。

※計画目標:母島に生息するネズミ個体数の90%以上の除去を目標とする。目標達成の評価は計画実施前後の無毒餌喫食調査で行う。

 私見ですが、この計画を連続3回(3年間)実施すれば母島島内に生息するネズミ個体群を完全に除去できる可能性が高いんじゃないか、と今でも思ってます。

 

<今月のデータ~カラスの生息状況を調査する②>

 前回では、2001年に約36000羽だった生息数が対策事業の実施により2005年には約18000羽に半減、2023年には約8700羽と、4分の1に減ったという話をしました。じゃあ、具体的にどのような対策を実施したんでしょうか。この事業では次の3つの方法を実施しています。

①ボックス型捕獲器を設置して生息個体数を捕獲除去する。

②営巣期にカラスの巣を探索してヒナが孵化する前に除去する。

③餌資源となる屋外に集積された生ごみを夜明け前の夜間に収集する。

 この3つの対策のどれが生息数減少に最も寄与したのかが気になりますね。①の対策については2001年(平成13年)から2004年(平成16年)までに捕獲した個体数のデータが東京都から公表されています。グラフの目盛りは捕獲個体数です。

 


 4年間の合計で51188羽、最も捕獲数が多かったのは2003年の18761羽です。私がいた会社もこの事業に参加していまして、参加した社員からは「捕獲器は最大で200か所くらいを都区内の各所に設置、多いときは月に350羽くらい捕獲していた。」とか聞いていました。おそらく捕獲数が多かったのは繁殖期の終わり、巣立ちした幼鳥が街に出てくる5~6月あたりだったのでしょう。カラスは頭が良いのでなかなか捕獲器には捕まらないんですが、巣立ち直後の幼鳥は経験がなく捕まりやすいのです。

②の対策についてはデータが公表されていませんが作業は3~5月で、作業員からは1シーズンで150~200くらいの巣を除去したと聞いた記憶があります。③の生ごみ夜間収集は一部の市区で今も続いています。

 結局、今のように生息数を非常に低く維持できるようになったのはどの対策が効いたんでしょうか。私は①の対策よりも③の対策が最も効果あったものと考えています。もし対策事業の期間がもっと長く、例えば10年くらいの期間をとることができたら、①の対策はもっと小規模でも、いや①の対策がなかったとしても同じ効果が得られていたのではないかとも。

①の対策は4年で51188羽を除去したという数字を見ればすごい効果があったように思えますが、最も都区内に生息数が多かった時期(2001年)には35000羽以上のカラスが生息していて、最もカラスを多く捕獲除去できた時期(2003年)でも除去できたのは19000羽弱です。で、カラスは一年でどのくらい増えるかというと、こんなデータがあります。

 

 グラフの縦目盛りは調べた巣の数です。これは私がいた会社で独自に調べたデータで、②の対策で除去した約100巣についてヒナが何羽育っていたかを調べたものです。童謡にある「七つの子」ほどは多くありませんが100巣の平均値は3.2個でした。これは要するに、1年で35000羽を15000羽に減らしたとしても雄雌が1:1であるとすれば、次の年には7500x3.2=24000羽!の新しい個体が現れる可能性があるということです。全てが繁殖可能な個体ではないのでは?というご質問もあるかと思いますが、捕獲器に捕まるような個体はだいたい幼鳥か老鳥なので結構生き残りの繁殖可能率は高いと思いますよ。ということで、もちろん野外環境では計算通りに増えるわけはありませんが、他の対策もしなければ1~2年で35000羽に戻ってしまう可能性は大いにあるといえるでしょう。カラスは大きな鳥で体を維持するには栄養豊富なたくさんの餌が必要です。おそらく彼らの主食であろう生ごみが街から消えてしまえば、時間はかかりますが都区内で生きていけるカラスは35000羽から20000羽、さらに10000羽以下へと減っていくはずです。だから③の対策が重要なんですよ。これ、都会のビルやデパートに生息するネズミ対策の考え方と一緒ですね。

 次回はカラスはどこに巣を作るのか、巣を見つけるコツについてお話ししましょう。  

 

<いきもの写真館No.155 トビ>


 家近くの河原で魚を捕まえて食事をしていた姿を一枚。捕まえてといっても流れてきたサケの死体を見つけたんでしょうけどね。トビは全国の河川沿いで普通に見られ、街中の上空でも普通に飛んでいる猛禽ですが、案外警戒心が強くて近づくことが難しい鳥です。関東に住んでいた時も上空を旋回して飛ぶ姿を撮るのは容易ですが、そういえば地上にいる姿を撮ったことはほとんどありません。金沢にいるトビは、それに比べると近づいてもあまり逃げず悠然としているような印象を受けます。通行人から丸見えの、川沿いの斜面林に営巣している光景も容易に見つけることができますし、より身近な鳥の感じ。通行人の食べ物をかっさらったという被害もあまり聞きませんが、川に魚がたくさんいますからそんな必要がないんでしょうね。

 

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