生物技術者連絡会通信 2024年1月号

生物技術者連絡会通信 2024年1月号

 

<生物技術者が見た風景〜東京湾でネズミを捕る>

 前回は小笠原でのネズミ捕りの話をしましたが今回は東京湾内の中央防波堤地区、つまりゴミ集積場でのネズミ捕りの話です。昔は海岸に沿ってゴミを埋め立てていて、埋め立てが終わって整地した場所を夢の島と呼びました。ゴミ捨て場のイメージを払拭すべくつけられた皮肉な名称ですが、現在も埋め立てが続く中央防波堤地区はネズミたちにとっても「夢の島」です。海の中ですから周りに人は住んでおらず、夜はほぼ無人となる上に生ゴミでできた島ですからネズミにとっては天国ですよね。お菓子の家も同然の場所ですから、もちろんネズミはたくさん棲んでいてどれもまるまると太っています。普段街で見るドブネズミの体重は大きくても400gぐらいですがここでは500g超えが普通。600gを超える個体も見られます。もはや子猫サイズですね。

 1980年代の中頃だったと記憶していますが、この中央防波堤地区を対象にして大掛かりなドブネズミ駆除作戦を実施したことがあります。何しろほぼ40年前のことなのでうろ覚えなんですが、2ヶ月程の期間で延べ1000人くらいの人員を投入、1トンもの殺鼠剤を使って実施したと思います。当時の東京都の害虫獣防除関連の予算2年分に相当する金を使って、です。事前調査で生息する数を約2500頭と推定して、2ヶ月間ほぼずっと現地に泊まり込みで行いました。駆除作業は殺鼠剤の散布とカゴトラップを併用して実施したんですが、駆除を始めた当初は現地に入ると昼間でもあちこちに大きなドブネズミがうろうろしていて近づいても逃げません。棒を持って追いかけてもまるまると太ったネズミの逃げ足は遅く、容易に追いついて撲殺できるほどでした。作業期間の後半になるとさすがに目撃できる個体数は少なくなり、駆除効果の確認作業に移ったのですがこれが大変。よく殺鼠剤を食ったネズミは明るい場所に出て死ぬなんて言われていますが、実は多くのドブネズミは巣穴の中で死にます。死亡個体をカウントするためにゴミの大地のあちこちにあけられた巣穴を片っ端から掘って、死体を掘り出す作業に明け暮れたのでした。私の四十数年間の勤務期間の中でもこれほどの規模で実施した駆除作業経験は他にありませんので、その時の記憶は今でも鮮明に残っています。

 ところでその中で私にとって一番印象深かった光景は、実はゴミ山の風景やドブネズミの大群なんかではありません。点検作業でゴミ山を歩いていたときに見たコミミズクの大群です。ゴミ山のすぐ上を数十羽はいたでしょうか、ぐるぐるまわりながら飛翔していたのです。きっとドブネズミを狙って集まっていたんでしょう。私は1980年前後は大学の野生生物研究サークルに入っていて、大井干拓地(現在の城南島、大井青果市場がある島です)でコミミズクを追いかけていたことがあります。その時に「都会ひしめく東京湾岸でコミミズクをやたら見かけるのは何でだろう」と思っていたんですが、この光景を見て確信しました。この海中にそびえるゴミの山(にひしめく食いでのあるドブネズミ)が彼らを呼び寄せてたんだと。会社に入ってからは大井干拓地に行くこともなくなりましたので、今でも冬になると東京湾岸にコミミズクが集まってきてるのかは承知していません。もし今は少なくなっているのだとしたら、我々の作業が影響している可能性が高いのかもしれません。ネズミが少なくなったからということだけではなく、殺鼠剤を喫食したネズミを捕食することへの影響も考えると、今となってはとても気になっています。 

 

<今月のデータ~カラスの生息状況を調査する③>

 今回はカラスの被害で困っている自治体等があったとして、その発生原因を探るための生息実態調査を実施する場合にどんな方法をとるか、その内容についてお話ししましょう。カラスの被害としてはたくさん集まって不快であるとか、ゴミ集積所が荒らされる、通行人がカラスに襲われる、ビル屋上にある機材や配管の被覆物が剝がされる、ゴルフ場で打った球が空中でカラスに盗られる、等々といったものがあります。そこで「どのくらいカラスがいるのか」、「カラスがたくさん集まる理由は何か?」そして「なぜ被害が起こるのか?」ということを調査では探っていきます。

 ところで、ここで計画を立案する前の基礎知識です。問題となっているカラスにはハシブトガラスハシボソガラスの2種がいます。どっちの種であるかは結構対策を考えるうえで重要になりますので、少し勉強しましょう。2種の違いを図にまとめてみました。

    ハシブトガラスは高層建築物が密集する大都市で多く見られ、東京都で問題となっているのはハシブトガラスです。ハシボソガラスは農耕地や広い公園といった開けた環境を好み、農作物を荒らしたり牧場の牛にちょっかいを出すのはハシボソガラスです。ざっくりいうとハシブトガラスは「都会のカラス」、ハシボソガラスは「田舎のカラス」といえます。次の図は1998年に環境省がまとめた東京都内のカラス2種分布図ですが、都心部だけほぼハシブトガラスに占められているのが良くわかりますね。

 

 カラスの冬ねぐらは周辺で生息する個体が秋から冬に向かって小群から中群、大群へと徐々に終結してゆき、越冬を目的として最終的に最大の群となったものです。限られた森林の中で多数のカラスが高密度に集まりますので、その周辺で様々な被害が生じる可能性が高まります。冬ねぐらを特定することはカラス対策の上で非常に重要な要素です。冬ねぐらについて既知データがない場合、生息実態調査は問題が起こっている地域を対象にして定点センサスを行い、その場所を特定していくところから始めます。センサスのやり方は環境アセス等でやっている方法と同じですが、実施する時期は11~12月の非繁殖期で、1日に1時間のセンサスを日の出前後と昼、日没前後の計3回実施します。その地域での観察個体数が十分多ければ(おおむね冬の日没時にみられる群が100羽以上)1日の調査でだいたいの位置がつかめるでしょう。次に、対象となる地域内を踏査して繁殖中の巣、非繁殖期なら営巣痕跡をプロットします。踏査時の留意点は次のとおり。

Google地図等の航空写真を使って調査地域内にある常緑樹・針葉樹主体の林分をチェックします。

※チェックした林分を複数の調査員が手分けして踏査します。カラスの巣は大きいので調査経験が乏しい者でも調査できますがハシブトガラスはシイカシ等の常緑樹の中、外からはほぼ見えない位置に巣をかけますので探すときに注意が必要です。

※カラスの巣は放棄しても翌年までは確実に残ります、営巣期での調査ではチェックした巣が当年のものか昨年のものかも記録する必要があります。

 このようにして集めたデータをまとめて生息状況を評価していきます。2009年から2010年にかけて愛知県の渥美半島を対象に行った調査の結果図を報告書から2枚転載してご紹介しますね。図2は踏査で確認した巣の位置をプロットしたもの。図5は定点センサスで確認した冬ねぐらの位置をプロットしたものです。

 


 さて、このように集まったデータから被害が起こっている要因を解析し、被害をどうやって防いでいくかを考えていくことになりますが、そのあたりについては次回に。   

 

<いきもの写真館No.156 ワシカモメかな?>


 金沢の冬は毎日が雨と雪、それにちょっと晴れの繰り返しで一日中晴れる日は月に一日か二日程度です。その数少ない晴天日がやってくると「外に出なくちゃ!」という欲求が抑えきれず、手近な河川敷を歩きながら鳥たちを撮ってます。で、その際に取った一枚ですが鳥好きなのにカモメ類は苦手。これは…セグロかな、いやタダカモメ?と悩んだ末に眼がかわいいからワシカモメじゃないかと思った個体です。川の中州に一羽、ぽつねんとたたずんでいました。

 

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生物技術者連絡会 研究部会 邑井良守 yoshimori.murai@gmail.com

 

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